循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性

研修医からみた卒前教育と卒後教育と対比

濱口杉大、伊賀幹二、今中孝信

抄録

筆者は、卒後1年目の初期研修医として、循環器疾患の身体所見を正常例から始まり、異常所見を有する症例まで順序立てて取る研修を受けた.順序立てて身体所見をとることに最初は時間を要したが、研修開始6カ月後には、ある程度の異常所見は見落としなく検出できるようになった.身体所見の取り方に精通するためには、異常所見のみを指摘された卒前教育とは異なった、正常例も含め順序よく身体所見をとる習慣をつけることの重要性を実感した.

1.はじめに

我々は学生時代、身体所見の取り方を主にベッドサイド実習において教育されてきた.そこでは指導医から提示された異常所見を確認するという形式がとられていた.しかし、医師国家試験に合格し、研修医となってみると、学生時代に覚えたはずの異常所見を、異常であるかどうか未知の患者から自分自身で検出することができないことを感じた.

今回、循環器内科指導医の協力を得て、循環器疾患において身体所見を順序よく系統立ててとる教育を受ける機会を得、6ヶ月が経過した時点で異常所見を自分自身で見落としなく検出することができるようになった.順序立てて身体所見をとることの重要性とその効果について教育を受けた側から述べたい.

2.方法

循環器内科指導医(K.I.)の協力を得て、主に循環器内科外来に通院中の患者のうち、異常所見のある患者の診察をさせていただいた.この際、指導医から、以下のように身体所見を順序立ててとることを要求された.最初にバイタルサインを記載後、頸静脈波形の怒張の有無とA波およびV波の鑑別する.次に、前胸部において、右室および左室のheaveの有無をみた後、頚動脈拍動と聴診を併用し収縮期、拡張期の鑑別を行う.全ての患者で、心尖拍動が触知される部位より、座位、仰臥位、左側臥位の三体位で、S1の大きさ、S2の分裂、クリック音、僧帽弁開放音(OS)、S3,S4等の過剰音の有無を確認する.ついで、心雑音の時相と大きさ、期外収縮後または心房細動時等のRR時間の変化による心雑音の増減の有無、呼吸による変動、放散等を確認する.その後、指導医に自分がとった所見を述べ論議し、再確認する.

指導医の週2回の外来が主な研修場所であったが、その他入院中の所見のある患者も対象とした.入院中の患者では、心音図室での記録に同行し、過剰心音、雑音の心周期における時相につき自己学習した.同時に、指導医から正常所見に関して、循環器疾患を有さない自分の受け持ち入院患者から繰り返し所見をとることが要求された.初めは、すべての所見が正確に記載されているかどうかのチェックから始まり、異常所見がとれるようになってくると、病歴と身体所見からどのように診断をすすめていくかを指導医と討論した.

3.結果ならびに経過

当初は、大きな雑音があるとそれに注意が注がれ、過剰心音はおろかその他の弱い雑音も全く聴取することができなかった.不思議なことに、指導医に指摘されて再度聴診し直すとその所見をとることができた.順序立てて所見をとる習慣をつけることは容易でなく、また時間も要するため病棟の患者や聴診テープ等で自己学習した.心尖部の触診を怠ったため、そこでしか聴取できない拡張期ランブルを聞き逃すなど幾度となく失敗を繰り返し、その度に順序立てて所見をとるのことの重要性を再認識しながら研修を続けた(表1).

この研修を始めて6カ月後、順序立てて所見をとることに慣れ、当初は1人の患者の身体所見をとるのに長時間を要していたものが、数分でとれるようになり、ある時から自分で初めて異常所見を検出できるようになった.その後は加速度的に知識がつき、単に所見をとるだけでなくそこから考えられる病態、診断に関しても不十分ながら考察できるようになった(表2).しかし、病歴と身体所見から、どのような病態を考えるかという点では指導医と論じても未熟であることは自覚した.以後、救急外来を始めとして様々な場面でこの研修が役立った.

異常所見として頸静脈におけるCV波、心雑音の正確な記載、ギャロップ音の有無、OS、駆出性クリック音、収縮中期クリック音、は指導医に指摘される前に自分で検出可能となった.

4.考察

今回の研修により、実際に、異常所見があるかどうか未知である患者から自分自身で異常所見を検出するためには順序よく所見をとっていくことが重要であることを感じた.また、それに慣れるまではかなりの時間を要したが、苦しい時期を越え一度慣れてしまうと加速度的に知識がついた.診察能力の向上は診察に対する興味を引きだし、その興味がさらに診察能力を高める努力につながった.

研修を始めた頃は、異常所見があるかどうか未知である患者を、自分が診察した時には異常を検出できなかったにも関わらず、指導医に指摘されて再度そのつもりで同部位を聴診し直すとその異常所見を聴取することができた.これは、指導医に指摘された後はその異常所見にのみ神経を集中して聞いていたためであると考えられる.このことから心音、雑音を分解して1つ1つ順序立てて集中して聴取すれば、必然的に異常所見を検出できることを認識した.また同時に、指導医から繰り返し正常の所見をとることを要求されたことの重要性を初めて実感した.診察で検出した異常所見と患者の訴える症状をどう結びつけるかという議論に関しては指導医にどうしても及ばず、病気の自然歴についての循環器病学の幅広い知識が必要であることを実感し、それについては、別の循環器症例カンファランスの時間に知識を深めた(1).

このような研修を実現するためには、1)まず疾患をもつ患者がいること、2)その患者の了解を得て所見の確認をする、教育に情熱を持つ指導医がいること、3)最終診断可能な病院であること、4)研修医が積極性をもっていること、の4つが必須と思われた.学習者の積極性は問題はないとしても、患者と指導医には限りがある.繰り返し連続して多くの患者を診察することにより初めて身体所見の取り方が身につくため、現行のたかだか2週間程度の大学の病棟実習だけでは習熟するにはきわめて困難であると思われた.卒前より目的意識を持って学習し、卒後教育として適切な環境のもとで積極的に取り組めば、かなりの時間を要するが、卒後初期研修において十分な循環器の診察能力を身につけることが可能である.しかし、この形の研修はシステムとして完成していないため、すべての研修医に対して実施することは困難である.

本院では初期研修2年間のうち、12カ月の総合病棟の勤務が必須であり、そこでは1年目研修医は数名の2年目研修医と同じ病棟で過ごす(2).指導医から教育を受けた研修医がたとえ卒後2年目であっても、新たなる指導医として1年目研修医を教育するシステムが確立すれば、将来的にはすべての研修医がある程度その能力を身につけることが可能であると思われる.我々の学年で採用された11名のうち、このような研修を受けたものは3名であり、現在、その人たちが病棟で新しい研修医を積極的に教えている.2年目研修医が1年間で身体所見がとれるようになったということをみて1年目研修医は、ひとつの励みとなる.また同じ病棟で仕事をしているため、コンサルトしやすい利点もある.一方、2年目研修医からすれば、1年目研修医を教えることで自分の知識が整理され、教え教えられるよい輪を形成していくと考える.事実、我々の1年後輩の学年は、初期研修開始後3カ月目の現在、我々が1年目の同時期に比して、身体所見の取り方に興味を示しているように思われる.

文献

1.伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造.研修医のための病歴と身体所見 を中心とした問題解決型循環器症例カンファレンス

 医学教育 1996、26:181-184

2.今中孝信、八田和大、西村 理、伊賀幹二、楠川禮造.”問題解決能力”の教育に有効 な教育環境--総合病棟とその運営・指導体制--医学教育 1995、26:115-116

表1;本トレーニング中に陥った失敗

1.大きな雑音ばかりが気になり、心音を順番に聴くことを忘れる.

2.頚動脈の触診を怠り、S1音とS2音を聴き違える(特に大きな拡張期雑音があるとき).3.触診を怠り心尖拍動を確かめないまま聴診し、小さな所見を聞き逃す(例えば拡張期ランブルなど).

4.座位で聞くことを怠り、拡張早期逆流性雑音を聞き逃す.

表2;研修の成果  1〜5に4ヶ月、6〜8に2ヶ月を要した

1.順序立てて所見をとる練習をする.

2.頭の中で心音、雑音を分解して順序よく聴く.

3.すべて所見をとり終えるのに時間を要する.

4.順序立てて所見をとることに慣れる.

5.自分自身で異常所見を検出することができる.

6.短時間で所見がとれるようになる.

7.異常所見の由来を考察する.

8.異常所見の病態を考察する.